吉右衛門の回想記。1.972年頃の巻。


1.972年。

東京世田谷三軒茶屋。

その店は、国道246号沿いにあった。

「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。本日は数ある遊技場のなかより、『パーラー白鳥』をご指名、ご来店ありがとうございます」

今も朝、パチンコ屋の前を通りがかると長い行列ができているが、

昔、私もこの行列のなかで10時の開店をジッと待っていた。

そう、当時の私はパチンコで生活の糧を得ていたのだ。


その年の春、私は学校を卒業した。

今まで世間さまには最終学歴は義務教育と偽ってきたが、

この回想記を機に白状すると、実は高等学校にも通っていた。

東京都立烏山工業高等学校電子課卒。

この学校が私の母校であり最終学歴である。

普通、工業高校生は在学中に就職か進学かの進路を決めて

卒業するのだが、私は何も決めずに烏工を後にした。

就職する意思は微塵も無く、

また進学出来るだけの学力もなければ意欲すらも無かった。

では何故パチンコを選択したのか。

難しい話でも何でもない。家で膝を抱えているのがつまらないのと、

パチンコ屋に行けば小遣いを稼げるからだ。

パチンコ生活者は午前10時の開店と共に入店するものと、

相場は決まっている。

それは早く行って、沢山、玉が出そうな台を確保するためだ。

当時のパチンコ台は今とはまったく違った単純な作りであった。

簡単に説明すると、

打ち手は盤面の所々に設けられている入賞口を狙って打つ。

そして入賞口に玉が入いると賞球として15発の玉が払い出され、

入賞に必要とした玉との差玉である14発が純増分として加算される。

役物といったサービスもチューリップしかなかったから、

一攫千金的な要素は何もなかった。

ハンドルも今のような電動ではなく、

上皿に乗せた玉を親指で一発一発弾くアナログそのものだった。

そして大凡2.000-個程度の玉を出すと「打止」

と言ってその台を継続して打つことは出来なくなる。

今でも物事の終わりによく打止なる単語が使われているが

語源はこれである。

最後にレートだが、貸玉が1発2円で換金は1発1.2円であった。

必勝法は毎日、同じ店に通って台の癖と特徴を覚えることだ。

そして同時に釘読みさえ習得すれば、

勝つことはそう難しいことでもなかった。

この頃は今は少なくなったパチプロと称する

いわゆるパチンコ生活者が幾多も存在した。

その理由は、台が今と違い技術介入の余地が大きく、

運に左右されることもなかったから、勝つことが容易であったからだ。

説明書きが長くなってしまったが、

10時に玉を打ち出すと昼頃には1台目の勝負がつく。

そして出た玉を換金して、昼食後にパチ屋へ舞い戻り、

13時に行われる店のイベントである打止台の抽選解放に並ぶ。

それに当たると2台目に挑戦し、

外れると映画館で夕刻までの時間を潰し、

後楽園球場で行われるナイターの弁当売りのアルバイトに出掛けていた。

蛇足であるが、

この頃盛んに観ていた映画が、高倉健主演の「網走番外地」で、

今もこの映画の主題歌をカラオケで歌うと、

この時代のあれこれが、走馬灯のように甦ってくる。

弁当売りをしていたのは、小遣い稼ぎだけが目的だけでない。

野球が好きだからだ。

好きな球団は東映フライヤーズ(現北海道日本ハムファイターズ)。

当時の後楽園球場は東映フラヤーズと

讀賣ジャイアンツが交互に使用していて、

東映が試合をする時はさっと売って客席で観戦。

讀賣の時は売り子に専念して試合が終了するまで粘り強く売り歩いた。

パチンコと野球。

好きな事をして糧を得るという虫のいい生活であったが、

収入の方は就職した級友が4万円の初任給で働くなかで、

10万円を軽く超えていたから可成りのものであった。

そして収入が多いことを才能と勘違いし、

有頂天となっていた自分がいた。今、思えば呆れ返るばかりであるが、

当時の私には何の躊躇いもなかった。

そんな生活であったが、季節を境に変化が現れた。


夏。

女ができた。

かねてから口説いていた女に、「うん!」と言わせたのだ。

19歳の誕生日にプレゼントを貰えたのが、応諾の証であった。

嬉しかった。

然し、これが転機となって、私の人生は急展開することとなった。

今、振り返っても、最大の岐路が訪れたのだ。


会社のブログにこんな事を書いていいのかと疑念も感じるが、

まあいいだろう。

この続きは、また今度。


続く。


吉右衛門。


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