2014年10月25日 のアーカイブ
「ペンキ屋が帰ってきた」の巻。上編。
待合せ場所である日本橋人形町の交叉点へ向かうオートンの車内、私の胸は張り裂けんばかりであった。
この日の私は朝から妙に落ち着きがなかった。
歯の治療を受けていても、鮨屋で昼メシを食べていても、どこか上の空だった。
あれは夏が終わった九月の初め頃かと記憶している。
自宅のパソコンに一通のメールが届いた。
差出人は見慣れぬ横文字の人物だった。
超老眼の私の目ではその文字を判別するのは難しい。
誰であるか…。
開封してみると直ぐにわかった。
ちょっと驚きはしたが、メールの主はペンキ屋であった。
一年前に西洋へ勉学に行くため退職して旅立った、まぎれもない彼女からだった。
内容は、「昨日帰国しました」から始まる淡白な文章だったが、彼女の笑顔を想像するには充分足りていた。
何を思ったか同じ文章を三回も読んでしまった。
ため息をついて返信について思案してみた。
今の私は直ぐに返信できる器用さはない。
それに返信を認めるには躊躇いもあった。
そこで取り敢えず、「お帰りなさい。後日改めて返信します」
とだけ書いて返信をしておいた。
私は子供だった頃から常に何か考え事をしている。
次回の魚釣り、それに付随する紀行文の構成。そして仕事にも可成りの時間を割く。そのなかに彼女への返信が割り込んできた。
私は彼女が退職するにあたっては、しっかりと送り出したつもりだ。自ら幹事を引き受け連夜の送別会を取り仕切った。
私のボーヤを長く努めてくれた彼女との別れだっただけに、強烈な辛さを感じたが、それも今では解消しつつある。
それに立場上、私が一番大切にすべきは現役で汗を流してくれている社員のみなさんだ。それを忘れてはならない。
また彼女にしたって、私から「逢いたい」と言われても困惑するだけだろう。
彼女は退職間際に私との日帰り旅行に付き合ってくれた。
あれは彼女なりのケジメだったのではないかと思う。
そう考えうると、静観すべし、と己に言い聞かせた。
続く。
2014年10月24日(金)
吉右衛門
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