2014年3月20日 のアーカイブ

「いつでも夢を」の巻。


小学校の三年生になって、少年漫画週刊誌を買うようになった。

買い始めた週刊誌は、少年サンデー。

楽しみにしていた連載ものは、伊賀の影丸とおそ松くんだ。

発刊日は毎週水曜日だったような気がする。

その水曜日が楽しみで母からもらった50円玉を握りしめ、

自宅から10分ほどにあった商店街の本屋に買いに行ったものだ。


書き出しから脱線してしまったが、

この本屋の往復で、すれ違った幾多の大人が口ずさんでいたのが、

「いつでも夢を」だった。

なにせ、みんなが歌っていたものだから、

ひとり、ふたり…と歌っていた人を、指折り数えたことも覚えている。

家に帰ると母も居間と台所で、所構わず、いつも歌っていた。

そんな時代と環境だったから、私も自然と覚え口ずさむようになった。

紹介が遅れたが、この歌を歌唱したのは言わずと知れた、

橋幸夫さんと吉永小百合さんだ。

歌唱力があって清潔感溢れるお二人が歌っただけに、

大ヒットは当然であった。


小学校五年生の時だった。

この年の春の遠足は潮干狩りで、行き先は千葉の稲毛の浜だった。

干拓前の稲毛の浜は潮干狩りのメッカであった。

またも脱線するが、

当時の私は、後年まさかこの地に移住して愛犬の吉右衛門と、

この浜を散歩をするようになろうとは夢にも思わなかった。

閑話休題、

この頃、私が住んでいたのは、世田谷の用賀。

今でこそ、首都高速と東関東自動車道を使えば用賀から稲毛までは、

100分ほどで走れるが、

当時は高速道路のような気の利いたものは存在しなかったから、

気が遠くなるほど遠かった。

その遠さといえば国境を越えてお隣の国にでもいくのではないか、

と思ったほどだ。

それを紛らわせてくれたのが歌であった。

バスガイドさんの名調子合わせて、

前の席から順番に好きな歌って賑わった。


私の番になった。

私はひとりでは歌わなかった。

隣の窓際の席にいた、○子ちゃんと歌った。

○子ちゃんが隣り合わせていたのは偶然ではない。必然だった。

この○子ちゃんとデュエットしたのが、「いつでも夢を」であった。

前述で○子ちゃんと書いたのは、

意図的に名を伏せたのではない。不覚にも忘れてしまったのだ。

私と彼女は相思相愛で、将来を約束した仲であった。

そんな大切な人の名前を忘れてしまうとは、

そこまでヤキが回ったとは思いたくないが、

哀しくて涙が溢れてくる。


あらから、ちょうど五十年が経った。

そんな、ある日のこと。

あまちゃんで、「いつでも夢を」が流れるシーンに出くわした。

夏さんが東京に出てきて、橋幸夫さんとデュエットしたシーン。

病に倒れた夏さんを見舞い、病院の待合いにいた仲間が、

夏さんに届けとばかり、この歌を熱唱したシーン。

どちらも感動のシーンであった。

そしてそれを視た私は、あの潮干狩りのバスを思いだした。


今月の終わり、

ニコタマゴロウが私を浜松に連れて行ってくれるという。

私と彼女は相思相愛の仲ではないが、行きの道中で、

彼女と五十年ぶりにデュエットをしてみようと思う。


それにしてもだ。

彼女の名前は何だったのだろう…?

ゆみ子ちゃん、くみ子ちゃん、れい子ちゃん…。

ダメだ。さっぱり思いだせない。

やっぱりヤキが回った。


お仕舞い。


2014年03月19日(水)。

吉右衛門。


次回は「瑠璃ちゃんとの再会」の巻です。


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